前院長雑感(南の風)

メダカ(2015/04/15)

 最近の新聞記事からである。
 「パーキンソン病は、脳内で神経の伝達物質『ドーパミン』を出す細胞が減り、手足が震え筋肉がこわばっていく進行性の難病で、完全に治す方法は見つかっていない。京都大学の研究グループによると、メダカを使ってある特定の遺伝子の働きを抑えたところ、脳にパーキンソン病の原因の一つと考えられるたんぱく質が異常にたまり、まっすぐ泳げなくなるなど症状の一部を再現できたという。これまでマウスなどでは再現できなかったということで、研究グループはメダカで新薬の開発が進むのではないかとしている」
 どうして「メダカ」に注目したのか、気になった。
 インターネットを開くと、メダカは「目が大きく、頭部の上端から飛び出していることが、名前の由来になっている。飼育が簡単なため、キンギョ同様、観賞魚として古くから日本人に親しまれてきたほか、様々な目的の科学研究用に用いられている。西欧世界には、江戸時代に来日したシーボルトによって、1823年に初めて報告された」とある。
 「科学研究用に用いられてきた歴史がある」とはびっくりしたが、メダカはゲノムが700~800メガベースしかないので、ゲノムを解読するにはゲノムサイズの小さいメダカの方が有利だということである。これで「納得」である。
 その「メダカ」について、日経新聞の「春秋」にも取り上げられている。
都会で暮らす人間の間でも、メダカが静かな人気になっている。時代の反映なのか、優雅な泳ぎの金魚の売り上げは落ちているそうだ。このコラムでは、井伏鱒二の「山椒魚」の一節を引用している。
 急流に抗して泳ぐ群れがある。先頭がよろめくと、皆が一緒によろめいてしまう。そんな姿を眺めて、巨体の主人公は「なんという不自由千万なやつらであろう」とあざ笑うのだ。窮屈な日々を送る身に、本当はどう映ったのだろう。頼りなげに見えても一生懸命に生き、しかも仲間がいる。強い生き方に憧れたに違いない。
 私も金魚よりメダカが好きである。小学校のころに自宅の裏山の渓流で、群れを作ってけな気に泳いでいたメダカのことを思い出す。なぜかメダカと聞くと、故郷の田園風景を思い出すのである。
 息子の嫁のお母さんが、自分の家でたくさんのメダカを育てていると聞いていたので、いつか見て見たいと思っていた。たまたま孫の一歳の誕生日の「背負餅の行事」をするということで、菊池市泗水町の家に招かれた。家の横の小さな小屋の中に、大小さまざまな大きさの水槽が棚に並べられて、その中でメダカは飼われていた。色も大きさもさまざまで、メダカにもこんなにたくさんの種類があることに驚いた。外来種が多くなって、日本の河川にいた昔のメダカは少なくなっているのだという。何代にもわたって孵化させているようで、また同好の集まりもあるらしい。メダカの話をされる時には目も輝いており、いい趣味を持たれたものだと感心する。
 メダカは生命力も強く、育て方もさほど難しくないので「分けてあげる」と言われた。ちょっと気が動いたが、やっぱり育てる自信がないので断った。いつの日か、自分で清流を作ってメダカを泳がせるのが夢だが、実現することはあるまい。


南風病院画像診断センター政記念消化器病研究所病院広報誌「南風便り」